カテゴリー別アーカイブ: HONDA SL230

バイクと僕。


いつからバイクと付き合っていたんだろう。
ふと、そんなことを考えた。

生まれて初めてバイクに跨ったのは、たぶん5歳ぐらいだろうか、
おやじが運転するXRのようなオフロードバイクのハンドルとガソリンタンクの間に座った記憶がいまでもある。

それから何十年。
大学を卒業して、東京で定職に就かずぶらぶらしていた頃、
その当時収入がよかったバイク便をやろうと思った。
でもバイクも免許もない。
急いで教習所に通って中型免許を取って、バイクは車関係の知り合いからやすく譲ってもらった。
バイクはスズキのRA125.


そう、2ストのオフロード。
この当時でさえ、かなり古い部類に入るバイクで、尚且つ、2ストで日々走り回る
仕事は向かないかな、と思っていたところ、やはり案の定、勤務中に動かなくなってしまった。

早急に新しいバイクを見つけないと仕事が出来ないため、なぜだかホンダのAX-1を購入した。


これもオフロードタイプというか、当時流行り?のデュアルパーパスを言われる、
オンオフ両方走れるようにしてあったバイクだった。
都内の道は狭く、車の間をすり抜けるにはちょうど良いバイクだった。
車道ぎりぎりによっても、ステップが歩道の縁石に当たらないのも、このタイプのバイクを買った理由だったろう。

その後バイク便はあまりにも危険だったので辞めてしまい、
今後の人生のこともあり田舎に戻ることにした。

引越し業者に無理を言って2トントラックに便乗して運んでもらったAXー1。
しばらくは、田舎の道をとことこ探索しながら走る道具に使っていたが、
自宅のバイクのスペース関係で手放した。

しばらくバイク無しの生活を送っていたが、やはりどうしても乗りたくなって、
オークションで以前から気になっていたヤマハのSRX400を購入した。

が、購入した初期型のSRX400は安いなりにガタガタでどうしようもなかった。
なので、すぐさま売却し、程度の良い後期型のものを販売店から購入した。

SRX400は購入してすぐに、スーパートラップを付けた。が、
とても煩くなってしまい、その後仕事が忙しくなったのもあって、
ほとんど乗らなくなってしまった

乗らなくなってから6年経過、海外から日本に帰ってきて、自分の乗り物が無いことに気が付き、直して乗ることを決意。
いろいろ直している間に、バイクに乗りたい衝動が大きくなり、
不動車だったSRX400をなんとか車検を通して、まっとうに動かすようにした後、オークションで売却。

欲しいバイクが660CCで、なおかつ大型免許が教習所で取得できると知り、不惑の年であったが教習所に通うことに。

免許取得後に購入したのが、カワサキ ER-6n

初めての大型そして、初めての単気筒以外のバイクで、とても乗りやすかった。
しかしなにか自分の求めているところと違うような感じがした。
購入して2000キロぐらい走行したとき、ふと寄ってみたドゥカティのお店で
モンスター796の下取りとして売却してしまった。

そして今乗っているのが、このドゥカティ モンスター796。

でも、もっといろんなところに走りにいきたいと思い、ホンダのSL230も購入。

そして現在に至るわけである。

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四国中国ツーリング~Secondo capitolo~ with Honda SL230


12月31日 大晦日 晴れ 気温約0度 四国中国ツーリング~Secondo capitolo~ with Honda SL230 の続きを読む

四国中国ツーリング~Prologo~ with Honda SL230


2010年の冬。
年末年始の休みが2週間ぐらいあった。
ホンダのSL230は既に納車済み。いや、この休みのために購入したと言っても
いいだろう。というのも、このバイクにはナックルガード、グリップヒーターそしてリアキャリアが既に装着されていて、尚且つ購入の際に前後タイヤとバッテリーを新品にしてもらっており、寒さ対策はモンスター796とは比べようがないくらい万全だった。

そして僕は休み中にキャンプツーリングをしようと思い、
SL230にサイドケースをつけることにした。

もともとサイドケースを装着してのロングツーリングを想定していないバイクなのか、
そういう乗り方をする人がいないのか分からないが、アフターマーケットでSL230にサイドケースを取りつけるような物はまったく売っていなかった。

とりあえず何かしないとイメージが湧かないので、生活創庫で何百円か出して買ってきた保温ケース?をつけてみた。
右側にはアップタイプのマフラーがあるので、装着がめんどくさくなるので今回は左側だけにした。

箱をつけてイメージを膨らませたあと、
ステンの丸パイプを曲げてサイドケースステーみたいなのを作った。

曲げたパイプは、上部はリアのキャリアへ、下はなんと!!チェーンカバーに付けてしまった。
しかし、この状態で1500キロ近く走って問題が出るようなことはなかったので、あながち間違いではなさそう。

左にサイドケース、リアに工具箱を装着し、テントとシュラフを積んだあと、キャンプ場をネットで探してみると、年末年始営業していないところがほとんどだという事実を知った。
神社や野原で野宿するほど胆は据わっていないので、急きょ楽天で安宿を予約して、
積んだばかりのテントとシュラフ、その他自炊道具類を工具箱から取り出した。

宿はなんとか確保したが、今年の年末年始、九州、四国、中国地方に猛烈な寒波が襲ってきて平野部でも積雪する恐れがあるとの天気予報だった。
今回のツーリングはとりあえず西へ西へと考えていたので、まさか積雪の中を走る機会がもしかしてあるかも、という期待と不安が膨らんでいった。

12月29日
早朝から出発して、伊良湖からフェリーに乗った。

この時期、バイクで来るやつなんていないだろう、と思っていたら、僕がフェリー乗り場に
着いたら既に3,4台のバイクが停まっていた。浜松から伊良湖に着くまで走っただけで
鼻水が出て、寒さが半端じゃないことを痛感していた(さすがに途中でフェイスマスクは装着した)が、同じような状況でここまで辿り
着いた~いやここからが出発なのかもしれない~彼らにシンパシーを感じずにはいられなかった。自虐的な乗り物なのか、バイクとは。

フェリーに乗船し、ほどなくして伊勢に到着したあと、今晩の宿がある、三重県名張市に向かった。

途中、道の駅『茶倉』で休憩。
グリップヒーターと、ホームセンターで買った980円のシンサレート入り防水手袋のおかげで、ここまでは手がかじかんで動かせないということはなかった。
 また上着のアウターは、安全よりも防寒を重視して、プロテクター入りのバイク用ではなく、登山用のノースフェースのダウンジャケットにしたため、上半身はまったく寒くなかった。
 それに比べて下半身は、アウターパンツを履いていたものの、調子に乗って夏用の薄手のアウトドア用パンツを下に履いてきてしまったため、寒くてしょうがなかった。またブーツも防寒が一切されていないものだったので、足と足先が寒さで痺れまくっていた。このままではまずいと思い、名張のホテルにチェックインしたあと、ホームセンターで厚手のフリース裏地があるドカパンツと靴下を追加購入した。

朝からほとんど何も食べていなかったので、買い物をしたホームセンターの敷地内に
あった、得得うどんでトリプルを胃に流し込んだ。
それにしても初めて訪れる名張市は、悪い意味で寂れて、良い意味で昔の街並みを残した風情ある感じだった。
宿の人に聞いたら、伊勢神宮に御参りする人達が通った街道沿いの街とのこと。
どおりで懐かしい感じがしたわけだ。

この日の宿は名張駅よりほど近い『ビジネスホテル栄』だった。
朝食付きで4000円という価格もびっくりだが、いざチェックインしてみると、部屋も奇麗でまったく問題なかった。
翌朝の朝食は出来あいの物を並べるわけではなく、ちゃんとその場で調理して出してくれる。
おかずの量も多いし、第一美味しい。御代わり自由なご飯も伊賀米ということで、とても美味しかった。
こういう美味しいご飯を頂くと、つくづく日本人でよかったと思う。

中国で何カ月も不味いご飯を食べ続け、久しぶりに日本に帰ってきたとき、東京のホテルで食べた紅じゃけとご飯。あのときはほんとうに真面目に、食べていて涙が出るくらい美味しかった。

たっぷり朝食を食べたあと、和歌山から徳島行きのフェリーに乗るため、僕は宿を後にして、西に向かった。